2022 Autumn
文房具と本と宿

DELFONICSにとって特別なロルバーン、Rollbahn Cap-Martin(ロルバーン カップ・マルタン)。
心を込めて制作した大人のためのポケット付メモ、使っていただけていますでしょうか。お手元にある方も、これから手に取る方にも、その背景について理解を深めていただきたいという想いで、コラムをお届けしています。
第2回目のテーマは、「文房具と本と宿」。ロルバーン カップ・マルタンの監修を務めたデザインディレクター・佐藤達郎が、中伊豆の宿で過ごすひとときをお伝えします。

中伊豆の白壁荘へ

中伊豆の宿で「憧れの缶詰め」をスタート

― 昔、新しい店の準備のために中伊豆で「独り合宿」をしたんだ。(佐藤)

旅の始まりは、佐藤のこんな一言でした。店の構想を固めるために、中伊豆に数日間滞在をしてアイデアをふくらませたというエピソードです。独り合宿と聞いて真っ先に思い出した、とあるエッセイの一文。今から20年近く前に、佐藤が寄稿したものです。

“むかし黒澤明監督がスタッフたちとなじみの旅館に泊まり込み、飯を食い、脚本を書き上げていく様子をテレビで映していた。畳の上には原稿用紙、オノトやモンブランが無造作にちらかっているのを見逃さなかった。こんな設定ではいつも気のきいた文房具が登場するものだ”

映画監督にしても、文人にしても、創作といえば「缶詰め」。避暑地の宿にこもって何日も制作を!という人も今は少数でしょうが、リモートワークでの新しい働き方にはあらためて相性のいいスタイル。「さぁ、秋の仕事をはじめよう」と、独り合宿の記憶を追いながら中伊豆へと出向くことになりました。

川のせせらぎが聴こえる

「文房具の効能」と題された前述のエッセイには、こうも記されています。

“僕のようなスローな生活者にとって文房具はとてもたいせつなアイテムである。ここでいうスローというのはけっして今でいうスローライフなイイ感じのスローという意味ではない。ただののろまな生活者という方がちかい。そこから抜けだすためにいつも文房具はきわめて重要な役割を担ってくれる。特に仕事を「はじめること」は何よりもむつかしく高いハードルだ”

仕事はじめのおともに手に取った文房具は、「トランクに投げ入れられるもの」ということで、ロルバーンやSTAEDTLERの太字のシャープペンシル。目的地に選んだのは、白壁荘という温泉宿です。
白壁荘は、文人の井上靖が愛した宿としても知られている場所だそう。ならば、ということで仕事合間の読書用にいくつかの本も持っていくことに。文房具、本、宿。「はじまり」の準備は整いました。

井上靖ゆかりの宿で憧れの缶詰め
自由に発想を広げるときにはA4の白い用紙に
こういうときの文房具は、気楽にトランクに投げ入れられるものがいい

独り合宿で味わうポジティブなアローン

窓の向こうに流れる川のせせらぎを聴きながら過ごすのは、井上靖が滞在する際に好んで指定した部屋、「あまんじゃく」。白壁荘のご主人は井上靖の遠戚にあたるそうで、この宿は昭和29年、先代が知り合いの“もの書き”のために開いた宿とのこと。晩年の井上靖も夏には必ず訪れていたといいます。

昭和29年から続く白壁荘

井上靖は、佐藤が少年時代にのめりこみ、いつも⼼のどこかに偲ばせていた作家です。佐藤が持ってきた本を、横からそっとのぞき見ると、一番上には『しろばんば』、そして『晩夏』が。中伊豆が舞台となった井上靖の自伝的な小説には、同じく海辺の瀬戸内で育った佐藤の記憶が重なります。

持参した書籍の一部。佐藤の気持ちの上での原風景とも重なる

― こどもの頃、毎年の夏に過ごした親戚の家。海辺の小さな町で、家の向こうの砂浜には、おだやかな瀬戸内の波。まぶしい光とゆるやかな時間、それらすべてが海の記憶となって積み重なっていった。ところがある時、砂浜は埋め立てられ、石垣はコンクリートに、堤防はテトラポットに変えられてしまう。(佐藤)

そんな喪失感を伴う「心の原風景」を、佐藤は自身の文房具店を通してアウトプットしようとしています。DELFONICS、Smith各店で一店舗ずつ異なる内装や、そこに流れる音楽、所狭しと並ぶ文房具は、記憶のかけらに新たな解釈を加え、再⽣しようとする⼼の原⾵景でもあるのです。
想いを馳せた井上靖の2冊の下には、60年代ニューヨークの黒人街での生活を生き生きと伝える『ハーレムの熱い日々』が。

― 1980年代、まだ70年代の香りが残っていたと思う。この本に出会って、学生の最後にどうしてもハーレムを見ておきたいと思ったんだ。でも実際のハーレムはそんな生やさしいものではなかったけれど。そのタイミングでの渡米で得たものは本当に多くて、古いレンガ造りの倉庫を改装した建物の並ぶSOHO地区の雰囲気も、今のDELFONICSに少なからず影響しているんだよね。その後、アメリカの文化から、より歴史と深みのあるヨーロッパ文化へと興味が徐々に傾いていくわけだけれど。(佐藤)

吉田ルイ子『ハーレムの熱い日々』

1冊の本は、いつも何かがはじまる原動力になるようです。思えば前回のコラムで伝えたブルーへのこだわりも、『コート ダジュールのプティホテル』という1冊の本がきっかけでした。ふと佐藤の本を手に取り開くと、赤いペンで記された波線と書き込みが。

― これは最近読んでいる『火山のふもとで』という小説でね。ある建築事務所に入所した若者の物語で、建築家吉村順三の事務所がそのモデルになっているみたいでね。こうして、好きな言い回しには赤いペンで線を引く。その中から心に残った⾔葉は、ロルバーンに書き写すこともあるんだ。(佐藤)

書籍の気になる言い回しには赤いペンで印を
松家仁之『火山のふもとで』

こんな会話を重ねていたら、あっという間に中伊豆での時間は過ぎ、夕刻へ。何かがはじまりそうな、初秋のできごとです。

― 世間と離れて、自分のことに没頭する。そんなポジティブなアローンっていいと思う。この宿に泊まっていた井上靖も、『方丈記』を書いた鴨長明も、『陶淵明私記』の中国の詩人、陶淵明(とうえんめい)も、都会から離れた場所で執筆活動や隠遁生活をしていた。今でいうリモートワークといってもいいかもしれないね。いつもの場所を離れることで、集中できたり、感じられたりすることってあると思うんだ。今、窓の外に川の流れが聴こえるけれど、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」全てのものは移り変わる“無情”という思想を語った方丈記の冒頭の文章に重なるね。そう思いながら、それでも、これからもずっと定番となりうるような店やアイテムを作り続けていきたいと思っているんだ。(佐藤)

緑豊かな白壁荘の中庭
小説『しろばんば』の中で耕作少年が育てられた土蔵の跡地

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佐藤に原⾵景を思い起こさせたり、
どこか記憶に残り続ける書籍たち。
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